2020 年の Journal のあり方について/建築情報学会発起人にあたり

ご縁あって、池田先生と豊田先生1からお声いただいて、お二人が先導されている建築情報学会発足に賛同の意を示し、発起人として名を連ねるかどうか聞かれた。結局ギリギリ遅れてメールの返信をして、名前が乗った。ただし、発起人として、自分なりの建築情報学会のあるべき論を提示し、だから記名したと腑落ちしたい。両先生方には大変お世話になっているし、この学会発足にあたりかなり尽力されているのをみているので、プロアクティブに応えるためにも、考えをまとめたい。

議論を始められるきっかけになれば良い。2

結論から始めたい。学会発足・運営にあたり、私の「べき」論は以下の三項目である。

  1. 知の還元をする模範となる学会として論文(知=情報)の扱いに対する 新しい 仮説を持つべきである。

  2. オープンで公平な学会を成立させるための情報インフラを整備すべきである。

  3. 上2項目のデータの所有に関するポリシーを制定し、本学会で扱う分野(設計データ・都市データ)とも横断的に検証すべきである。

この時代の学会とは

を発起人として考えるチャンスである。特に情報という冠がついているのであれば、尚更である。いうまでもなく、ジャーナルも一つの情報メディアであり、他のメディアと同じく時代によって刻々と変化してきている。

査読システムの再考

arxiv.org との折り合い

大学やアカデミア・研究組織にいれば、近年 arxiv.org はよくみるだろう3。ピア・レビュー(査読)をすっ飛ばして、投稿できる論文アーカイブである。レビュー待ちのものもあれば、既存のジャーナルでは行き場のないペーパーの「座礁」場所として使われたりもする。出版物のクオリティという意味で議論はあるが、これと学会を組み合わせるために方法を考える論文も出てきている。 boldt2011extending

arxiv.org に投稿するだけいいのかもしれない。少しハイプ(過度な期待)も落ち着いたブロックチェーン・暗号技術・分散技術分野界隈はホワイトペーパーという形で自メディアで論を展開する慣習があり、既存の論文というメディアから離れているようにも見える(結果的にアカデミアでの研究が少なく、インダストリーに偏り学生が育ちにくいと言われている)

自分で開発・自メディアで論じ、Hacker News(Y combinator が運営する掲示板)で議論できてしまう。新しいことではない。チラシの裏メディアから、象牙の塔メディアからグラデーションが用意された中で、「建築情報学会」とそのジャーナルはどうゆう考え方を持つのだろうか?

Peer Review に対する考え方

そうでなくともピア・レビューは時代錯誤的であるとの批評も多くなっている。iRobot のファウンダーであり MIT のロボット工学・人工知能の先駆者であるロドニー・ブロックスは自分の論文の中で最も引用数が高い三本は全てリジェクトされた論文を勝手に公開したものであると述べる。4 また、ジャーナル運営側に回ると、レビューのプロセスが不透明なので、(悪気がなくても)何がなんでも欠点を見つけリジェクトする数学的ドグマに陥った人やなんでもアクセプトしてしまう人、要するに評価に一貫性が無くチェック機構が無いというのである。ロドニー先生は何もピアレビューを今すぐ廃止せよとは言っていない、だがこのシステムが考えられたのは今よりもよっぽどサイエンスに参加する人口が少なかった時代のものであると結論づける。 (https://rodneybrooks.com/peer-review/)

調べたわけでは無いが、特に学際的研究をしようとした場合に多い気がする。ロドニー先生の二本目の例は、ロボットを作ることで AI を考えるという工学的なアプローチをマニフェストしているのですが、当時としては分野横断というか、ブリッジ役になるような言説を書いている。理論物理学者のセス・ロイドも光合成と情報量子力学についての論文を出しても、光合成側の学問の猛反対にあって、蓋を開けてみたら、その学問の新陳代謝の低さにあきれたと皮肉している。既得権と先入観の塊で、基本的に前の教授が死なないと学問がアップデートされないとまでいっている。5

結果的に典型的なピア・レビューを選択したとしても、この批判に対する答えは用意しておく必要がある。というか、それをマニフェストするチャンスであると思う。

誰でも Journal (編集) インフラの整備

酒井所属の Media Lab では、PubPub rich2017collaborative という論文の協働執筆・ジャーナルの協働編集プラットフォームを数年前から開発している6。それによると既存のジャーナル、論文システムに以下のような欠点があるという。

  1. レビューアーの不透明性: レビューアー(査読者)に対するクレジットがなく、良いレビューをするインセンティブがない。不透明である。

  2. 排他的な権威性7 : 出版社にお金が集中し、会員費や閲覧費を含め、知に対するアクセス障壁が著しく高い。その結果、知を世に出すスピードとコストの効率が著しく悪く、知財の囲い込みどころか、分野そのものに新しい空気が入らず窒息状態である。

  3. 閉鎖的である : 誰でも自分のジャーナルを組み立て編集できるようにすべきである。

  4. 思考の墓場である: 一度書いたら訂正や改変が難しくそう設計されていない。言い回しはホール・アース・カタログのスチュアート・ブラントから。版管理をすべきである。

ロドニー先生の言葉を強調しておくが、ピア・レビューの撤廃を指しているわけでは無い。あるいは、Pubpub 8 の押し売りをしようとしているわけでは無いただ、サーベイとしては必要だと思うし、実装例としても出てきている事をここで紹介した。

新学会としての仮説と知の情報アーキテクチャの設計の必要性

こうした arxiv.org や PubPub と言った事を踏まえた学会・ジャーナル運営を考え論文の所有に対する仮説を「建築情報学会」は持つべきである。その仮説を検証し、この時代のジャーナルとはを考える、メタレベルでの思考が試されている。何も建築情報学会で新しいシステムをスクラッチで開発しようとも言わないが、そのインフラを設計するチャンスがある。学会をプログラムすべきである。

学会の社会的意義に戻ろう、知識のアーカイブとその還元が第一にあると思う。知の還元ができるだけ広く・簡単に行え、かつ著者やコントリビュータに対して的確にクレジットがいくシステムを開発しなければならない。これがいかに簡単にできるかによって、結果的に学術団体としての信頼を蓄積し、マーケットや規範に対して良いバランスを保ちながら関係を築くことができるだろう。

もちろんこの 議論も議論されるべき 点が沢山ある 。例えば知財管理では酒井は正直にいうと、オープンソースや開かれたシビック・テックこそに未来があると思っており、バイアスがかかっている。ただし、持続可能性を考えると要所ではどこで守り(攻め?)に入るかという議論ももっともっと積極的に行われるべきである。この点においても情報産業が今の時代に適応してきた知財の扱いに対するノウハウを建築学へと横断する要素だ。

こうした議論はそのまま、スマートシティで集められたデジタル・ツインのデータの所有に関する議論や BIM モデルデータを含めた設計図書の著作の扱い、それらの改変時や部分転用時9においてのライセンス、個人情報の保護と公益とのバランスと言ったまさに実利的に考えて行かなかければならない課題と関連すると考える。

もっと具体的な話としては、点群データはどのようにアーカイブするのか、プログラム・コードの開示についての考え方。(開くとしたらどのようにアーカイブするのか)等細かいことは沢山あるだろう。ただ、最初のコントリビューションとして自分の意見を述べた。コンセプトの部分から、実装に至るまで理解しているつもりだ。

既存の建築にまつわる学会ではここに関する取り組みは残念ながら見受けられない。新規発足の既得権が無い時こそこの内容を考えるべきである。こう言った事を切り込んでいかなかければ、BIM はただの設計効率化ツールだし、スマートシティは情報搾取を平気な顔してマネタイズするためのバズワードに陥るだろう。両方とも技術(手段)が目的化してはいないだろうか? そう言った事を最初に問う学術団体であるべきである。アカデミアとして産業や行政とバランスをとるべきで、もっといえば、そう言った指摘を例えば建築学会からされてしまっては存在に疑問が残ってしまう。10 「建築情報学会」発足にあたり、議論されるであろう重要な課題はいくつもあると理解しているが、重要性とは別に、その中でも最初に議論されるべきだと思っている。

まとめ

以上、「建築情報学会」発足にあたり、論文・ジャーナルについて私が思う「べき」論を提示した。

こうした考え方を学会を超えて共有し、方法論の中で一つでもうまく言ったら、積極的に他の学会へ伝播・吸収されればいいと思う。本当なら、学会同士で知の扱いや分野の風潮を議論すべきである。

学会は、学会誌やジャーナルの運用だけではない。ただ、思想と扱う学問と共に、「建築情報学会」というメディアとしても建築学会(や他の学術団体)と差異を示す必要がある。「メディアがメッセージ」 mcluhan1994understanding と言われて、60 年近いのだ。

Bibliography

[boldt2011extending] Boldt, Extending ArXiv. org to achieve open peer review and publishing, Journal of Scholarly Publishing, 42(2), 238-242 (2011).

[rich2017collaborative] Rich, Collaborative scientific publishing: a new research ecosystem, , (2017).

[mcluhan1994understanding] McLuhan & MCLUHAN, Understanding media: The extensions of man, MIT press (1994).

注釈


  1. ご就任おめでとうございます。 ↩︎

  2. 近いことは議論されてると思う。僕がみていないだけかもしれないので、もしそうだったら教えてください。 ↩︎

  3. アナーキズムの象徴のような arxiv ですが、ちゃんと読むと規則・規約はあって、それはそれで考えられています。本人の確認はアナログで、推薦が必要な場合もあると書いてあります。捨て垢が作れるような仕組みでは無いようです。ボットダウンロード対策やそうゆうことにも力を入れていたり、運営側も面白いと思う。あと、大学からのサポートもあり回すための手立ても参考になる部分が多いです。 ↩︎

  4. 本人も書いてますが、そのうちのロボットの統制を扱う論文で、その大まかな考え方が、Unity とか Unreal などのゲームエンジンのオブジェクトの定義の仕方に影響してるってかっこいいよね。で Journal の編集者がレビューアーからリジェクト食らってるけど、出しちゃえっていう判断もなんか昔っぽい。 ↩︎

  5. このリンクめちゃくちゃ面白い。ニール・ガーシェエンフェルトとセス・ロイド、ウルフラムとか同じテーブルで議論とか、もう学術戦隊ユニバレンジャー。ポリコレ的には、白人男多いなーとか一応言っておく。お題、学問同士のコラボレーションについて。 ↩︎

  6. 酒井が実際に開発に携わっていたり、何らか貢献しているわけではないです。開発者の travis とは友達で、よく話しました。酒井の中でもとくに好きなプロジェクトです。 ↩︎

  7. 権威性にはいろいろあって、ダメなやつもあればいいやつもあると思います。 ↩︎

  8. 全員が全員 Journal を始めるのは少し早い気がする。バージョン管理できるのは、僕の興味の範疇なので応援したいが、ちゃんと「思考の墓場」として成仏させてあげるというのも理解できる。議論したいよ。ちなみに Pubpub は MIT Press で実際に使われています。 ↩︎

  9. 例えば、建築情報学会で建築や物理情報に関する設計図面とその実際のデザイン両方を跨ぐライセンスを提唱したり、オープンな詳細図や特記・特区や市民憲章などを wiki 的に組み上げることもできると思う。CC や GPL 付与した設計とかもあるけど「やってみた」で終わらないポテンシャルがあると思う。 ↩︎

  10. SIGGRAPH とか AI も本当にそうで、Deep Brain の Andrew Ng だってちゃんと Tensorflow 派閥でありながら、企業主体のライブラリはオープンで持続可能なフレームワークであるように常にコミュニティが監視すべきであると授業で言ってる。 ↩︎